大本山建仁寺塔頭
臨済宗大本山建仁寺の塔頭寺院である久昌院は慶長十三年(一六〇八) 美濃加納城主(今の岐阜市)の奥平美作守信昌(一五五五〜一六一五)が三江紹益を開祖に迎えて創建した。
久昌院の名は信昌の法号から採られている。信昌は徳川家康の長女・亀姫を妻に迎えており、家康の娘婿にあたる。関ケ原の戦いにも参戦しその直後、初代京都所司代に任命され、慶長六年(一六〇一)三月に加納城主となって十万石が与えられた。元和元年(一六一五) 六一歳で亡くなり、当院に葬られている。
三江紹益和尚は元亀三年(一五七二)洛北生まれ、姓は奥村氏。六歳で建仁寺塔頭常光院の明室和尚の弟子となり、十五歳で得度受戒。十七歳で師の示寂に遭い、その遺命により妙心寺塔頭隣華院の南化玄興禅師に参じ、その法をつぎ慶長十一年(一六〇六)、三五歳で建仁寺の住持となる。寛永元年(一六二四)高台寺の開山となって寺門の興隆に専念したが、慶安三年(一六五〇)八月二二日に遺偈を示して円寂した。